プロデューサーさんへ  お久しぶりです。お元気ですか。お変わりありませんか。体調、崩したりしていませんか。  もうずいぶんと長い間、会っていませんね。でも、思い出してくれてありがとうございます。  楽しかったですね。今はどんな風に、あの頃を思っていますか。良い思い出だったら、嬉しく思います。  また私の歌を聴いて欲しいな。踊っているところ、見て欲しいな。  プロデューサーさんといっぱいお話したいです。でも、エッチないたずらは駄目ですよ。  良い事ばっかりじゃなかったけど、凄く充実した毎日でした。  また会えますか? わかんないですよね。それでも、良いんです。私は十分に幸せです。 「……こんな感じ、かな」  最後の文字を打ち終えて、私は軽く背を反らせた。  見慣れた天井、いつもの控え室。まだ本番まで時間がある所為か、部屋の中には私一人だけ。  何の問題もない、いつもの仕事前だ。 「っと」  反らせていた背を戻すと、椅子の背もたれがぎしりと音を立てる。  初めてここに来た時は、私もこの椅子もまだまだピカピカの新入りだったものなのだけれど。  まだ右も左も解らない頃、本番前の緊張からか座ったまま椅子をぐるぐると回して気持ち悪くなった事も、今となっては良い思い出……でもないか。  あの頃を思い出して、くるりと椅子を一回転。  なんとか回りはしたものの、お椅子様は随分と苦しそうな音を立てて下さった。 「君は怠け者だねぇ」  なんて事を言ってみたところで、椅子が答えてくれるはずもなく。  鏡の手前に置いた携帯を見てみれば、画面はまださっきのまま、ただ何をするでもなくカーソルが規則的に点滅している。  ――後は送信ボタンを押すだけなのに。  思わず漏れる、溜息一つ。 「……はぁ」  訂正、溜息二つ。  別に今に不満がある訳じゃない。さっき書いた事に嘘は無い……と思う。  あれから――。  私はこうしてまだ夢へと続く道を歩く事が出来ているし、きっと彼もどこかでまだ見ぬ隠れた逸材を育てているんだと思う。  解っている。  今この送信ボタンを押せば、きっとあの人は答えてくれるだろう。  連絡自体随分と久しぶりの事ではあるけれど、なんとなく解る。あの人は、そういう人だから。  ――会いたい。  会いたい、そして、話したい。その手段は今、こんなにも近くにある。 「……はぁ」  と、三回目の溜息を吐いたところでドアをノックする音が聞こえてきた。 「どうぞー?」 「春香ちゃん、リハーサル始めるらしいけど、大丈夫?」 「あ、はい。すぐにでもいけますよ」 「そう? なら行きましょうか」 「はーい」 「そういえば」  部屋を出たところで、ドアを閉めていたマネージャーに呼び止められた。  なんだろうか、特に忘れ物をしたつもりもないのだけれど。 「いい加減、控え室を変えてもらうように言ってみましょうか? 今の春香ちゃんなら、もっと綺麗な所を用意してくれると思うのだけれど」 「あー……いいです。私、あの部屋気に入ってますから」 「……まぁ、春香ちゃんがそう言うのならいいのだけれど」  嘘じゃない。私はあの部屋が気に入っている。  あの人との思いでが詰まった、小さな小さな控え室。  鏡の前に置かれたままの携帯は、今もきっとカーソルを点滅させている事だろう。  でも、それでいい。  今はまだ、それでいい。  もう少し、私の夢が叶えられたなら、その時はちゃんと送信ボタンを押そう。  だからその時まで、どうか待っていて下さいね、プロデューサーさんっ。  P.S  私はいつでも、元気です。